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子供の頃。今は永遠だと思っていた。

2012.05.29 Tue
7 名前:1/2[] 投稿日:2007/11/28(水) 13:48:14.91 ID:kDYoP4Sd0
子供の頃。今は永遠だと思っていた。
明日も明後日もずっとこうして続いていくような気がしていた。
大人になるってことは自分とは無関係だと思ってた。
大人っていう生き物は自分たちとは別の生き物だと思ってた。

学校へ行って、友達と昨日遊んだ事を話して。
授業中、女子の手紙を別の女子に渡しながらノートに落書きして。
休み時間、誰かが打ったホームランのボールの軌道を青空の向こうに見上げてた。

昼休み、給食のメニューに一喜一憂して、牛乳早飲み王決定戦に参加した。
先生に怒られてからはその目を盗んで開催した。

放課後、今日は誰と何して遊ぼうか。公園、駄菓子屋、友達の家。
僕らは遊びの天才だった。何をやっても楽しかった。

誰かの家でした、気になる女子の話。
「いいか?誰にも言うなよ?男同士の約束だぞ?」
「う、うん。約束する」
「お前から言えよ。」
「やだよ。おまえからいえよ。」
「じゃあ、じゃ~んけ~ん・・・」

小さな恋は叶わなかったけれど。
結局誰にも言わずに今まで守られた、小さな男同士の約束。


68 名前:2/2[] 投稿日:2007/11/28(水) 13:48:51.06 ID:kDYoP4Sd0
夏休みに自転車でどこまでいけるかと小旅行。
計画も、地図も、お金も、何も持たずに。
国道をただひたすら進んでいた。
途中大きな下り坂があって自転車はひとりでに進む。
ペダルを漕がなくても。何もしなくても。
ただ、ただ気持ちよかった。
自分は今、世界一早いんじゃないかと思った。
子供心に凄く遠いところまできた事を知り、一同感動。
滝のような汗と青空の下の笑顔。

しかし、帰り道が解からず途方に暮れる。
不安になる。怖くなる。いらいらする。
当然けんかになっちゃった。
泣いてね~よ。と全員赤い鼻して、目を腫らして強がってこぼした涙。
交番で道を聞いて帰った頃にはもう晩御飯の時間も過ぎてるわ、親には叱られるは、
蚊には指されてるわ、自転車は汚れるわ。
でも次の日には全員復活。
瞬時に楽しい思い出になってしまう。絵日記の1ページになっていた。

今大人になってあの大きな下り坂を電車の窓から見下ろす。
家から電車でたかだか10個目くらい。
子供の頃感じたほど、大きくも長くもない下り坂。
でもあの時はこの坂は果てしなく長く、大きかった。
永遠だと思えるほどに。

今もあの坂を自転車で滑り落ちる子供達がいる。
楽しそうに嬌声を上げながら。
彼らもいつの日にか思うのだろうか。
今、大人になってどれだけお金や時間を使って遊んでも、

あの大きな坂を下っていた時の楽しさは、もう二度とは味わえないと。
もう二度と、友達と笑いながらあの坂を、自転車で下る事はないだろうと。
あんなにバカで、下らなくて、無鉄砲で、楽しかった事はもう二度とないだろうと。

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出会いって不思議だなあと思ったこと。

2012.05.29 Tue
960 :名無しの心子知らず:2011/02/25(金) 15:20:50.60 ID:+NBWZx1s
出会いって不思議だなあと思ったこと。フェイク入り。
長男大学生、二男三男高校生、四男息子と同い年の小二の家庭が
うちの向かいに引っ越してきた。
長男二男三男は金髪ピアスで、引っ越してすぐコンビニ前でたむろ、
四男は真夜中までその辺をうろうろしていて、これはやばいなと思った。
四男は人に近寄る子じゃなく、むしろ逃げる子だったんだけど、
不潔な身なりで物陰から様子をうかがい、見つかると逃げて、また物陰から…で、
真夜中でもやってるんでオバケと呼ばれていた。
大人にも子供にもやるんで、気味悪がって誰も公園で遊ばない。
午後八時くらいに、老夫婦の庭の物陰に四男が座り込んでいて、
老婦人がものすごい悲鳴を上げて警察が来たこともある。
町内会で親に注意しに行ったら、
「じゃあそっちで面倒見て。近所の助け合いでしょ」と話にならない。
警察と児相に連絡しても動かないから、遠巻きにしていた。


961 :名無しの心子知らず:2011/02/25(金) 15:23:14.66 ID:+NBWZx1s
放置家庭が来て二か月ちょっとくらい、息子の遠足の前日の夕方に、
うちに長男が突撃してきて、
「ガキのリュックと、レジャーシートと、弁当箱って、どこ売ってるんすか?」
と聞いてきた。
インターホンで対応してたんだけど、片手に息子と同じ遠足のしおり、
片手に携帯で長男は一生懸命メモとってた。
大体の予算も教えたら、「あざっす」と帰って行った。
遠足が終わった翌日に、お菓子が入ったコンビニ袋を持って
「チビを遠足に行かせてやれたっす。まじ助かりました」
とあいさつに来た。
それからもときどき上の三人が、学校用品はどこに売ってるのか、
子供服はどこに売ってるのか、雑巾持たせるってどうするのかと聞きにきて、
教えると三人ともコンビニ菓子を持ってお礼に来た。
夏休み前には四男の徘徊もなくなっていた。


962 :名無しの心子知らず:2011/02/25(金) 15:25:19.90 ID:+NBWZx1s
上三人と二言三言話すようになって、上三人は母の連れ子、四男は父の連れ子の再婚家庭で、
母は四男が継子だから一切無視で家にも入れず、
父は実の息子はかわいいけど、義理でも女親が何とかするだろうで何もやらず、
上三人が見かねて世話してると聞いた。
実際に遠足の時は、長男が四男連れて車でリュックを買いに行き、
二男と三男が早朝にコンビニで弁当やサラダ、お菓子を買ってきて
買ってきた弁当箱に詰めなおして送り出したそうだ。
二男が遠足のしおりを見つけて、四男に聞いてみたら、
四男が用意してたのが、茶色いしみがついた父のいらない手提げ鞄に、
柿ピーと水道水入りペットボトル、シート代わりのビニール袋だったそうだ。
上三人は母子家庭でわりとネグレクトで育ったらしくて、
普段から子供だけでお菓子やファストフードを食べて育ち、
母に恋人ができれば家を追い出されて、
遠足はボロボロのリュック、二、三本のウインナーに白飯の弁当、
お菓子なし、水筒なし、シートもなしで先生に分けてもらった思い出から
いてもたってもいられなかったそうだ。
その後は、夏休みは上三人が、夏休みの宿題の絵のために
四男を動物園や水族館に連れて行ったり、
冬には行きにつんつるてんのコートを着て三男と出かけた四男が、
ちょうどいいサイズのコートを着て、服の入った袋を持って
二人で肉まん食べながら帰ってきたりしてた。
数年たった今では、上三人は落ち着いた髪の色で、ピアスもなくなって、
すっかり普通の兄ちゃんになり、四男も優等生寄りの普通の子。
この前、引っ越してきた当時は眉がなかった二男が、
四男がいなかったら自分は極道になってたとしみじみしていた。

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誇り高い猫

2012.05.29 Tue
12 名前:名無しさん@6周年 投稿日:2006/07/19(水) 16:01:30 HU7EMtqG0
車にはねられたのか知らんが、死にそうな黒ネコ見かけたから
せめてと思って家で手当てしてやった事がある。

2日くらいして起き上がってこれるようになったけど
触ろうとするとフーッって威嚇して唸る。
可愛げの無い野良だった。

次の日いなくなった。
どっかから出て行ったのか?

その次の日、そいつが庭先で死んでた。
口元には死んだカエルが転がってた。

お礼のつもりだったのか?
それとも借りは返すって事なのか?

怪我した体じゃ、カエル狩るのが精一杯だったんだろう。
無茶しやがって。
最後まで誇り高い奴だった。

さすがに泣いた…

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血液を提供しようと決心した理由

2012.05.29 Tue
278 名前:774RR@自治スレでLR議論中[sage] 投稿日:2012/01/28(土) 22:53:49.55 ID:atipkbeJ [2/2]
あるベトナムの村に宣教師たちの運営する孤児院がありましたが、爆撃を受けてしまいました。
宣教師達と2人の子供達が即死し、その他の者も重傷を負いました。
重傷になったものたちの中でも8才の女の子は最も危ない状態でした。
無線で助けを求めると、しばらくしてアメリカ海軍の医者と看護婦が到着しました。
大量に出血したことにより危ない状態にあり、早く手当をしないと少女は命を落とすことになります。
輸血が必要でした。しかしどうやってそれを行うことができるというのでしょうか。
言葉が通じないため、ジェスチャーを使って子供達を集め、何がおきていたのかを説明し、
誰かが血液を提供することが必要であることを伝えようとしました。
沈黙の時間がしばらく続いた後、一本の細い腕が恐る恐るあがりました。
ヘングという名の少年でした。
急いで少年の準備をすると、苦しむ少女の隣に寝かせ、輸血ようの管をとりつけました。
少年は黙ったまま天井をじっと見つめていました。
しばらくすると、少年は自由になっている手で顔を覆うと、しゃくりあげるように泣いているのでした。
医師がどこか痛いのかと尋ねるとそうではないようでした。
しかし、しばらくするとまた、しゃくりあげ、今度は大粒の涙をこぼしていました。
医師は気になり、再び尋ねましたが、またもや彼は否定しました。
ときどきしゃくりあげていたのが、やがて静かに泣き出しました。
明らかに何かが間違っているようでした。
すると別の村からベトナム人の看護婦が現れました。
医師はその看護婦にヘングに何が起きたのか尋ねてくれるように頼みました。
すると少年の苦しそうな表情はゆるみ、しばらくすると彼の顔は再び平静を取り戻しました。
すると看護婦はアメリカ人の医師達に説明しました。
「彼はもう自分が死ぬのかと思っていたんです。あなた達が説明したことを理解しておらず、
 少女を助けるため、全ての血液を提供しなければいけないと思ったようです。」
すると医師はベトナム人看護婦の助けを借り、少年にきいてみました。
「そうであればどうしてあなたは血液を提供しようと決心したんですか。」
すると少年は単純に応えました。

「あの子はぼくの友達なんです。」

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忘れられない結婚式

2012.05.28 Mon
521 名前: 水先案名無い人:2010/12/12(日) 14:38:47 ID:IwBeFOIc032 ID:MJPng8x2
先に言っておく。長いよ。

私、ウエディングプランナーをしてて沢山の幸せのお手伝いをさせてもらったけど忘れられない結婚式があります。
新婦は私より大分年下の10代で可愛らしい子、新郎は彼女より20歳ほど年上の優しい方でした。
年の差カップルは珍しくないけどこれが一筋縄では行かなかったのよね…。

新婦はお父様に育てられて、そのお父さんが「結婚は勝手にしろ。でも式には出ない」。
でも2人は「みんなに祝ってほしい」と。

ええ、頑張りましたよ。新婦のご実家に2人と一緒に何度も行きました。
頭も何回下げたかわかんない。
「お前は関係ない」と言われました。その通りです。
でも私は2人の結婚式を2人が望むものに、最高の1日にしたかった。それが私の仕事。

意見や愚痴がどっちも私に集まってきて正直キツかった。
面倒くさいと思ったこともある。
でもある日「お前一人と話したい」と電話がかかってきたんです。
すごい怖かったよ。何を言われるんだろう?と。
でさ、約束した日に指定されたところに行ったらさ、お父さんいつもは顔も話し方も怖いんだけど、その日はすごく大人しく小さな声で、娘さんが生まれた日の話、小学校の運動会で張り切ったら「お父さん恥ずかしい」と言われた話、中学の頃は話し掛けてもろくに答えてくれなかったのに娘さんが修学旅行から帰ってきた日に仕事から帰ったらテーブルにお土産の携帯ストラップが置いてあって本当に嬉しくて今でも付けてること、「結婚したい人がいる。」と初めて言われた日のこと…。
色々話してくれました。
「娘が本当に可愛い。娘が選んだ男に間違いはないと思ってる。でも気持ちの整理がつかない」
って。泣いたね、あれは。

最後にお父さん、恥ずかしそうに
「結婚式ってどんな服を着ればいいんだ?
もう何年も服を買ってないからわからないんだ」って。
夜、娘さんに電話してその日のことを話したら娘も新郎も号泣。私も号泣w
数日後、娘と私とお父さんとで服を見に行ったよ。

…長いな。ごめん。で、結婚式は無事に開かれて大成功!かと思ったんだけど、
ブーケトスで娘がブーケを投げない。
??? なにこっち向いてきょろきょろしてるの?と思ってたら娘、すたすたと歩いてきて
私に手渡しでブーケをくれたの。まわりの人たちは拍手。
どうやらお2人とお父さんは結婚式に至るまでのことや私のことを参列者に話してたみたい。

もう・・・本当にあれは嬉しかった。涙が止まらなかった。
今でもあの時の体の震えと彼女の笑顔が忘れられない。
正直、出過ぎた真似なんじゃないか?とか自分のやってることは正しいのか?とか考えてしまうこともあったんだけど、たくさんの人が「いい結婚式だった」と言ってくれたから良いや。もうそれだけでいい。

今年、2人から「赤ちゃん生まれました」の年賀状が届いたよ。
赤ちゃんを抱いたデレデレのお父様の写真付きで。

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自転車でコケてドブ川にカバンが落ちた

2012.05.27 Sun
312 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2011/06/21(火) 20:49:35.93 ID:LgbNLkqW
中学生のころ、自転車でコケてドブ川にカバンが落ちたことがあった
一人で川につかってカバンを引き上げたものの、足元はびしょびしょ。
冬の寒空の中、裸足で帰る覚悟を決めたときに、自転車で通りかかったおばちゃんが
自分のハンカチやティッシュやらで一生懸命全身を拭いてくれた。
自分が使ってた毛糸の手袋まで惜しみなく使って足元の泥を落としてくれた。
さらに「裸足よりはマシだから。家に帰ったら捨ててくれたらいいから」って
履いてた靴下をおもむろに脱ぎだして、私の足に履かせてくれたw
びっくりして絶句してしまったけど、すごく嬉しかった。
 
「おばちゃんの靴下でごめんね」って笑いながら、
素足で自転車を漕いで遠ざかっていく後ろ姿が忘れられない
暖かな手の感触が忘れられない
ありがとうございました

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友達もいないし。顔も悪い。いつもひとりぼっち

2011.08.24 Wed
342 : 名無し募集中。。。 : 2008/08/02(土) 08:03:56.73 0
御歳84になるおじいちゃんが言いました。

「僕はね、昔、まあ今もだけど。運動も勉学もロクにできなかった」
「友達もいないし。顔も悪い。いつもひとりぼっち」
「だから、死のうと思ったことがある」
「でも、死んでしまったら僕の葬式代がかかるだろう」
「役立たずの僕のためにそんな無駄なお金を使ってほしくなかったんだ」
「そこで僕は考えた。これ以上迷惑をかけないように今は死なないでおこう」
「生きて生きて、僕が死んで迷惑になる人たち皆死んでから、死のう。と」
「どこかの海か崖にでも身を投げて・・・ね」
「でもね、気付いたんだ。僕には両親がいる。兄弟がいる」
「兄弟はやがて結婚して子供を持った」
「僕も運良く結婚できて子供をもてた」
「僕が生きている以上、つながりが消えることはないんだ・・・ってね」
「そして、僕は僕の大事な妻のため、子供の為に今まで生きてきた」
「その、僕の大事な子供の子供が、君です」
「ありがとう、君がいるから僕は生きています」

病院で自傷による出血多量の手当てのため入院していた、僕に向かって。

それからしばらくして。
おじいちゃんは死にました。
葬式の会場で
「すまないねえ」
というおじいちゃんの声を、身内の者のほとんどが聞いたそうです。
僕も、聞きました。

もうすぐ月命日です。思い出したのでなんとなく。

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はい論破^^

2011.08.24 Wed
280 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/06(月) 00:27:58.26 ID:pPfTXK3n0
女「なんで彼女つくったり付き合ったりしないの?」
俺「じゃあお前俺と付き合えるのかよ」
女「えっ」

はい論破^^

論破......

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